村下遺跡(むらしたいせき)は大野城市筒井(つつい)、上筒井(かみつつい)宝満神社(ほうまんじんじゃ)の北側で見つかりました。遺跡からは弥生 (やよい)時代の竪穴住居(たてあなじゅうきょ)跡や土坑(どこう)、ピットが見つかりました。このことから弥生時代の集落(しゅうらく)であったことがわかります。

発掘調査の様子
(右側に見える四角が竪穴住居跡)
竪穴住居からはたくさんの遺物(いぶつ)が見つかりました。遺物には土器(どき)や砥石(といし)、鉄器(てっき)などがありました。この竪穴住居は2本の柱で建っており、床の一部がL字型に少し高くなっていました。

遺物が見つかった様子
土坑からは17世紀代の陶器(とうき)が見つかりました。
これまでの調査でも、弥生時代と近世(きんせい)の遺構が見つかっていますが、古代(こだい)・中世(ちゅうせい)の遺構が見つかっていません。この間この地域(ちいき)の人々はどこへ行ってしまったのでしょう。これからの調査が楽しみです。

土器を丁寧(ていねい)に掘(ほ)っている様子