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大野城をあるく(尾花礎石群)

最終更新日:
(ID:6706)

(広報「大野城」 平成23年7月15日号掲載)

礎石群

大野城跡では、これまで70棟余りの建物跡が確認されています。現在私たちが目にすることのできるのは建物の柱を立てた礎石だけですが、発掘調査の結果、礎石のない建物もあったことが分かっています。これらの建物はすべて土塁・石塁の内側に建てられており、数棟、あるいは十数棟ごとのグループになっています。それぞれの土地の名を取り、尾花礎石群、増長天(ぞうちょうてん)礎石群などと呼ばれています。

尾花礎石群

尾花礎石群は、太宰府市街や基肄(きい)城などを遠望することができる山頂部にあり、多くの人が訪れる場所です。ここはまた、焼米ケ原(やきごめがはら)としても知られており、今でも地表に焼けた米が落ちているのを見ることができます。礎石建物が10棟あり、すべて3間(けん)×5間(けん)の大きさで、尾根に沿って方向もそろえられています。これらの建物は、武器や食料の倉庫であったと考えられていますが、本格的な発掘調査が行われておらず、詳しいことは分かっていません。

間(けん)とは

建物復元図イラスト建物の大きさを表すための言葉で、柱と柱の間(あいだ)のことを指し、長さを表すものではありません。例えば、「3間(けん)×5間(けん)の建物」とは、真上から見て長方形の建物の短い辺(梁はり)の柱と柱の間(あいだ)が3つ、長い辺桁(けた)の柱と柱の間(あいだ)が5つある建物を表しています。したがって、柱の数が4本×6本=24本あった建物ということになります。

 

注:大野城跡へのアクセス方法は関連リンクを参照してください。

 

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